Inspiration

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響き合う色と街の風景
INTERVIEW WITH RUMI ANDO
TEXT BY YOSHIKO KURATA

INTERVIEW WITH RUMI ANDO
TEXT BY YOSHIKO KURATA

「レタッチャー兼フォトグラファー」という異色な肩書きで活動する安藤瑠美。代表的な作品シリーズ『TOKYO NUDE』では、「虚構の東京を写真で作る」というコンセプトのもとカメラとレタッチによって建物以外のノイズを全て除去した景色が広がる。たとえ私たちに馴染みがあるようなオフィス街でも彼女の手にかかると、そこにはひと気のない違和感がありながらも、鮮やかで心地よい景色が現れる。もともと絵画に取り組んでいた学生時代から一貫して、「色の響き合い」を追求する彼女が写真、レタッチ、ペインティングという様々なツールを通して描きたいものを聞いた。

写真を撮ることで気づいた、構図への興味

大学では絵画を専攻していらっしゃったそうですね。どのような経緯で、写真に興味を持ったのでしょうか?
もともと色に興味があったこともあり、高校・浪人時代は色の響き合いを意識したグラデーションの作品を描いていました。一方で色は綺麗だけど、何を描いているのかわからないと言われることが多くて悩むこともあって。一度モノクロで自分の作品をコラージュすることで、構図を意識してみようと思ったことが、のちに写真への興味と繋がるきっかけになりました。作品をスキャンしたり、撮った写真を切って配置していくうちに、構図への意識を通して写真を撮ることの面白さにも気づけました。最初のうちは、何より絵画を描くよりも速く形になるし、練習にいいと思ってとにかく撮り続けていった感じですね。
そこから写真に本格的に取り組み始めようと思ったきっかけは?
大学に合格して4月の入学の頃に、久しぶりに油の画材を開いたら、全部腐ってしまっていて(笑)。そこで吹っ切れた感じがありました。そこから、写真の上にアクリルペイントをのせたり、絵画と写真の中間を探っていくようになっていきました。1年通った後、最初に入学した美術大学を退学して東京藝術大学の先端芸術表現科へ再入学してから、よりもっと写真を根本から勉強しようと本格的に取り組んでいきましたね。
dream islands(2010年)

絵とは異なる、写真の面白みはどのようなところにあったのでしょうか?
写真は、制限の中で訓練していく楽しさがありました。やればやるだけ写る画に返ってくるフィードバックが毎回新鮮で、最終的に大学4年生の時には写真しかやっていなかったですね。卒業制作では、江東区にある埋立地「夢の島」とすぐ近くにある「最終処分場」を題材にした写真作品を展示しました。1975年に「夢の島」という名前が付けられ、いまは緑あふれる公園ですが、もともとその近くには、ゴミの処理場として社会問題にもなっていた「最終処分場」がすぐ近くにあります。その場所のギャップに惹かれつつも、実際にいってみたら景色もすごく興味深くて。そこから1年間かけて、「夢の島」と「最終処分場」の景色を撮り続けた写真を卒業制作で発表しました。
dream islands(2010年)
dream islands(2010年)

自分が心地よいと思える風景に“レタッチ”する

その後、卒業後はアマナグループの株式会社アンに入られたそうですね。
大学時代を振り返ると、撮るよりも暗室での作業が好きなことに気がついて、そうした作業も含めて写真に関われる会社を探しました。1枚の画を詰める時に快感を感じるタイプなので。入った会社で、レタッチャーとしての技術を学んでいきました。
就職後、自身の作品も制作・発表していった経緯を教えてください。
岡山県出身なこともあってか、上京後、常に東京に息苦しさを感じていて。拒否反応を示すところまできたので、どうにかしなきゃと思って、学生時代からとりあえず都市の写真を撮り続けてはいました。撮る目的があると、街に出やすくなったんですよね。そこから都市のことを好きになるタイミングまで、一旦作品としては寝かしていました。その後レタッチャーという職業についてから当時の写真を見返したときに「これだけ量があるから、試しに何かできないかな」と思って、赴くままにレタッチで触ってみたらすごく魅力的に感じて。自分が心地いいと思う風景に変えることを日々ちょっとずつ続けていったら、作品シリーズ「TOKYO NUDE」が完成しました。より街を冷静に被写体として見るようになって、新しい場所に出かけることも冒険感覚で楽しめるようになりましたね。
TOKYO NUDE(2020年)

写真の視点が、どれも道から見上げるのではなく、ビル群の間から撮ったような構図ですよね。ロケーションはどのように決めていくのでしょうか?
道から撮ると、どうしてもいつもの視点に近すぎて絵画感が薄まってしまって。パースがついたり、地面が見えると私が撮っている存在感が強くなるので、出来るだけポジションがバレないように、非常階段に上がってみて、撮れる場所で撮ってみるというロケーションの決め方です。なので、撮りたいなという動機よりも、ここ上がれそうだなという理由でポジションを決めていきます。逆に、撮りたいと思って上がった場所でも、思ってたのと違うと感じることもあって。高すぎても周りの景色が下がってしまったり、遠くなることもあるのですが、だいたい意図していないところの方が不思議と良く撮れます。
レイヤーの構図も安藤さんの作品の特徴だと思います。
学生時代にコラージュしていた頃によく参考にしていたのが、平安時代や鎌倉時代の大和絵や浮世絵でした。例えば、美人画のシルエットの美しさや構図の気持ちよさが魅力的でしたね。広い景色の中で、転々とランダムに余白もある不思議な構図が描かれていて。自分の辞書にはないようなセンスの面白みを感じました。それは一目で見ていいとは思えないのに、なんだか気になるという感覚に似ているもの。街を見る時も、一つのビルや建築としてかっこいいと思う感覚も理解できるのですが、そういうこともよりも「なんか気になる、とりあえず撮っておこう」という感覚の方がシャッターを切る動機になりやすいですね。
そうしたプロセスで撮られた写真を、安藤さんはある意味筆で消したり描いてるような能動性を持ってレタッチしているように感じます。レタッチというと、現実に見える商品や景色と近づけるために用いられるので、ある程度ロジカルにゴールが設定されているイメージが一般的にはあると思うのですが。
一度クライアントワークで、奥まで続くパースペクティブな街に映る全ての電柱を消して欲しいという依頼があって、そこですごい量のレタッチをし終えた瞬間に、レタッチの可能性が広がりました。仕事だと、どうしても言われた指示通りに完成していくことがレタッチャーの役割ですが、言われたこと以上のことがレタッチで出来るんじゃないかと思ったんです。そこで、過去に撮り溜めた写真を試しに触ってみて、会社の仕事の傍で作品制作を続けていきました。
どの程度レタッチしているのでしょうか?
あまり派手に元の景色を変えてはいません。全体の構造を少し調節してから、作品によっては建物を少し移動させたり、拡大縮小している程度ですね。写真の中で、自分なりの都市計画や都市の景観を作っていくような感覚でレタッチしています。ひとつルールとしては、文字や看板、入り口、窓、電線など人の営みを感じるものを全て消すこと。例えば、下の写真では、家の窓やドア、そして周りにある電柱や電線、標識なども消しています。
TOKYO NUDE(2020年)

絶妙なバランスで街に新たな色を与える

冒頭で、「色」に対してもともと絵画を専攻していた時から追求していたそうですが、レタッチの際に「色」はどのように扱っていますか?どうしても日本で撮影すると、グレーがかった湿り気のある色になりやすいですよね。
レタッチを始めた当初は、ただディティールを変えるくらいの作業だったのですが、おっしゃる通り、写真そのままの色味を活かすと、グレーがかった冷徹な雰囲気の街の写真になってしまって。自分としては、当初の動機から変わらず、街を好きになれるような心地よさを求めて作っていたので、試しに色を明るく変えてみたんですよ。そしたらすごくしっくりきて、新たな喜びも見出せました。かといって、色を毎回想像しながら撮影やレタッチをしているわけでもなく、手を動かしながら、画の中でどれか残しておきたいなと感じる一色を基準を見つけて、他の色のバランスも取っています。
技術が高まるほど、自由自在に街の風景を変えることができると思うのですが、どのようなタイミングでレタッチを止めるのでしょうか?
レタッチしている中で、この色を置いたときに違和感を感じるとわかる瞬間があるんです。それは、意外と自分だけではなく、他人が見たときも共通する不思議な感覚です。そうした違和感が強く出過ぎずに、だからと言ってあまり平凡になりすぎないような絶妙なバランスが保てた瞬間に手を止めています。
写真を撮る瞬間とレタッチする時で、街の風景に対しての感じ方は違いますか?
写真を撮る瞬間は「いいね」と思っても、見返すと意外に全然良くないことも度々あります。なので、結構時間を置いてから見ることが多いですね。一度冷静になって写真を見ると、逆にその時気が付かなかったものに気付けたり、レタッチできそうな可能性を感じられます。とはいえ、やっぱりレタッチも手をつけてみないと、最終的にどうなるかわからないので、セレクトは難しいです。あまり統計立てるのも飽きてしまうので、すべてのプロセスが感覚的に進んでいくようにしています。

写真と絵の具で探求する“色の響き合い”

hpgrp GALLERY TOKYOで2022年に発表していた『TOKYO NUDE - mountain range-』では、レタッチした写真の上にさらに球体をペイントしていました。
これまでのシリーズとはまた異なり、実験的な作品として取り組んでいます。写真にレタッチをした上に、さらに絵の具という異物を加えながらも1枚で成り立つバランスを探っていくプロセスで制作しています。レタッチとはまた違って、やはり絵の具は自分にとって扱いづらいメディアのようなもどかしさを感じることもあります。でも、その歯痒さが逆に自分にとっては面白みとしてフィードバックになっていますね。
TOKYO NUDE - reflective city -(2022年)

ここでの色はどのように決めていってるのですか?
プロセスとしては、Photoshopで丸で囲んだ部分をぼかして写真上で現れたグラデーションをペイントで再現するような形です。なので、コラージュやグラフィティに近いような感じですかね。写真から色を抽出しながらも、実際に絵の具をグラデーションに慣らしていくと、また新たな色が生まれることもあって。まるで学生の頃に絵画で追求していた「色の響き合い」を少し違う形で感じられているような気がして、楽しみながら制作しています。
今後の活動などあれば、教えてください。
スペインの出版社「Carmencita」から5月に作品集を出版しました。国内だと書店BOOK AND SONSにて取り扱っておりますので、ぜひご覧ください。

安藤瑠美 / Rumi Ando

岡山県生まれ。2010年に東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業後、アマナグループの株式会社アンに入社。2021年独立。2019年にTHE REFERENCE ASIA「PHOTO PRIZE 2019」で、ナタリー・ハーシュドーファー選優秀作受賞。同年には、amanaクリエイター展『LEAP2019』(amana square session hall・東京) 、SHANGHAI ART BOOK FAIR(上海)に参加。写真集に『TOKYO NUDE』がある。

http://rumiando.com/
https://www.instagram.com/andytrowa/