Inspiration

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ワインを育む、
自然の時間軸
PHOTOGRAPHY BY GOTTINGHAM
TEXT BY NAOKI KOTAKA

PHOTOGRAPHY BY GOTTINGHAM
TEXT BY NAOKI KOTAKA

中目黒にあるナチュラルワインの専門店「THE WINE STORE」は、美味しいワインは勿論、ヴィニュロンのワイン作りに懸ける“思い”に出会える場である。店に並ぶのは、自然との共生を大切にするヴィニュロン達が作り出す個性豊かなワインの数々。店主の横川かおりさんが語る“ワインの物語”に耳を傾けていると、そんなワインを育んだ、人と自然の様々な姿がありありと想像される。ワインの製法や産地、ヴィニュロンの生き方までを含めて知ることで見えてくる、ワインのより深い楽しみ方とは?

メンティ ロンカイエ・スイ・リエーヴィティ

食の豊かさから生まれる、
コミュニケーションの豊かさ

何故、食の世界に興味を持たれたのですか?
私はお兄ちゃん子だったので、建築を学んでいた兄の影響を受けて、大学まではインダストリアルデザインの勉強をしていました。大学卒業後は、一度は異なる文化圏で生活してみたいという強い想いから、アメリカに行きました。所謂遊学の楽しい時間もあっという間に過ぎ、いよいよ帰国間近になって、父から突然の連絡がありました。その要件というのが、当時父が関わっていた「ディーン&デルーカ」の日本での立ち上げチームに参加しないかという誘いで、ニューヨーク店で一年間研修してきて欲しいとのことでした。それまでは、父が食の仕事に携わっていたこともあり、自分が食の仕事に就くなど考えたこともなければ、むしろ避けたかった。そんな私にとっても、「ディーン&デルーカ」のユニークな食の提案は魅力的でしたし、立ち上げという貴重なタイミングに関わりたい思いもあったので、ニューヨークに行くことを決心したんです。
「ディーン&デルーカ」ではどのような仕事をされたのですか?
研修期間中は、ニューヨーク・ソーホーの店舗で実際に売り場に立ちながら、全ての部署を紹介してもらいました。生鮮の売り場やエスプレッソバー、キッチンに入らせてもらったり、ケータリングの営業にも付いて行きました。それまでも、美味しいものと、そこから生まれるコミュニケーションを無意識的に楽しんできましたが、「ディーン&デルーカ」に関わるようになって、食の豊かさから生まれるコミュニケーションの豊かさを、より意識的に感じるようになりました。さらに「ディーン&デルーカ」が提案する食の豊かさには、商品は勿論、お買い物という体験自体をより楽しくさせてくれる空間作り、つまり内装や什器選び、ディスプレイ方法の一つ一つに至るまで、創業者のディーンさんとデルーカさんによる徹底的な裏付けがあった。そんな彼等の“理路整然”とした考え方が、私にはとても心地良く感じられ、その後の私の仕事や私生活における重要な基盤となりました。
ドメーヌ・ガングランジェ アルザス・リースリング

等身大の言葉で語られる
ワインの物語

その後、どのような経緯でワインを専門とされるのでしょうか?
日本に戻ってからも「ディーン&デルーカ」で売り場づくりや広報の仕事を頂き、夢中で働いていたのですが、仕事とプライベートのバランスを崩している自分に気付き、仕事以外にも意識を向けたくて転職したんです。その後の成り行きで、飲食店を運営する会社の本部で、ワインの在庫管理をする仕事を頂いたのですが、その仕事を通してワインのインポーターやヴィニュロンの方々と出会う機会がありました。仕事に夢中になるには、その“きっかけ”となる出会いがあるものですが、私の場合は、ワインに関わる人達や彼等の物語との出会いがそうでした。特に印象に残っているのが、外苑前にある「ドワネル」というインテリア雑貨やグロサリーのセレクトショップで、オーナーの築地雅人さんが企画していたナチュラルワインの試飲会での出会いです。その試飲会でレクチャーをしていたインポーターの方々の熱量が凄まじく、堅苦しいウンチクではなく等身大の言葉で語られる、彼等のワインの物語を聞いていると、私自身が“どんな”ワインが好きで、”何故”そのワインを好きになったのか、明確に整理されるような気がしました。同時に、インポーターやヴィニュロンの話から垣間見える、「美味しい」や「楽しい」だけではない、より本質的な飲食との関わり方について、私がワインを通してもっと知りたいと思うきっかけにもなりました。

酒屋のオープンを決めた理由

ワインと関わる様々な職種の中で、酒屋さんを選んだのは何故だったのでしょうか?
当時はバイヤーではなかった為、彼等のワインを買える立場にないにも関わらず、インポーターやヴィニュロンの話をただ聞かせてもらうことが不誠実に思えてきて、かといって、バイヤーになりさえすれば解決することではなく、結局、彼等の誠実な仕事に誠実で返すには、自分の販路を持つしかないというのが消去法で得た結論でした。こうして、自分のワイン店を開く決心をして会社も辞めたのですが、一方で、ワインに興味を持ったばかりの青二才がお店を開くなんて無謀ではないか?、そう怖じ気づいてもいて、実を言うと、それから2年間は踏ん切りがつかない状態が続きました。そんな私を後押ししてくれたのは、やはりヴィニュロンの言葉でした。それこそ何十年もワイン作りに携わってきた人達が、未だにワインを“分からない”と言うのです。毎年、気候も変われば、それによって畑の状態も変わる。そうして実ったブドウに自然酵母が何をしでかすかなんてもっと分からない。だから、起きる事、その度にどう適応するかを考えるのだと。それを聞いて、彼等に分からないなら、私が分かるはずないと(笑)、とても気が楽になったんです。吹っ切れた後は、とても円滑に開店準備が進み、僅か半年でオープンまで漕ぎ着けました。
ラディコン スラトニック

“出会い重視”のワイン選び

「THE WINE STORE」では、どのようなコンセプトでワインを選んでいますか?
音楽や芸術であれば、ある“作品”にインスピレーションを受けたら、その作家の別の“作品”や、その作家と関係性のある別の作家の“作品”について知りたくなる。同様に、同じヴィニュロンが作る別のワインや、彼等のワイン作りに影響を与えたヴィニュロンのワインを飲んでみると、その“繋がり”から広がっていくワインの世界がある。“ワイン選びに失敗したくない”といった声を聞くことがありますが、私にとってワイン選びに“失敗”はそもそも無いんです。というのも、味わいが自分の好みであるか否かよりも、自分が信頼する“繋がり”を経由して、新しいワインと“出会う喜び”のほうが大きい。ですから「THE WINE STORE」では、“出会い重視”のワイン選びをしています(笑)。現在のストックは店頭に2000本、倉庫にもう2000本。私の場合は、フランス産からワインの世界に入ったので、産地ではフランスが最も多く、その次にイタリア、また最近ではオーストラリアなどの南半球の国のワインも分けてもらっています。種類が増えて、それぞれの“繋がり”に集中出来なくなるのは嫌なので、例えば、飲みに出掛けて美味しいワインにも出会っても、“美味しい”から“買いたい”ではなく、まずはどのような造り手かを知ることからアプローチします。
ル・クロ・デ・グリヨン テールブランシュ

琥珀色の白ワイン

今回の撮影で使用したワインについて教えて下さい。
言ってしまえば、ワインというのは単なる液体ですが、その匿名性には、ヴィニュロン達の知られざる生き様が隠されているんです。例えば「Radikon」という琥珀色した白ワインは、日本に輸入が始まった当初は“変態な”という言葉でしばしば呼ばれていました。というのも、この造り手は、とある仮説を立て、当時は多くの造り手が行わなくなっていた、ワインの近代化から逆行するような造り方を採用したんです。通常、白ワインというのは、ブドウの果実を絞って、その果汁を発酵させる。けれども「Radikon」の白ワインは、皮も種も果汁と一緒に発酵させるという、いわば赤ワインの製法で作られます。皮や種に含まれるタンニンに酸化防止剤の代わりを果たさせる効果がある、という仮説による挑戦だった訳ですが、彼のブドウはとても力強かったので、想像を超えるタンニンのボリュームを含んだワインが出来てしまったそうです。そのタンニンを和らげるために、少しずつ酸素に触れさせながら熟成させたのですが、この行程がとんでもない年月を要することになります。当時は5年前後、今では約10年もの間、リリースせずに熟成させているのですが、それはつまり収入までに要する時間を意味し、その苦労は想像も及びません。にもかかわらず、想いと考えを貫いて生まれたワインは、人々に変態扱いされてしまう。というのも出来上がったワインは、多くの人にとって見たこともないような色と味のワインだったんですね。それで、新しいものに出会った感動を上手く表現出来ずに、ある種の愛情を込めて”変態な“という言葉が使われてしまったという訳です。今では広く理解され、偉大なワインとして認識されつつありますが、彼のワイン造りは常に既存の価値観との“戦い”のようでした。その生き様が、ワインにもありありと映し出されているようです。
THE WINE STOREの店内スペース

ヴィニュロンとして生きる

ヴィニュロンの方々はいったいどんな暮らしをされているのでしょうか?
畑を訪れるとよく分かるのですが、自然との共生を大切にしながら、地球に“住まわせてもらっている”という感覚の人が多いです。除草剤を使わないので、多種多様な草花が自然のまま季節ごとに様々な姿を見せる。勿論、畑を管理し、ブドウの手入れはしますが、決してコントロールしようという発想はありません。けれども、自然との共生には大きなリスクもあって、今年は、暖冬の影響から3月頃にブドウが出芽してしまい、その後で雪が降ったり霜が降りたことで新芽がやられてしまった。そのせいでブドウの収穫ゼロなんていうワイナリーもありました。当たり前ですが、ワインというのは1年に1度しか仕込めないので、例えば、30歳で自分のワイナリーを立ち上げ、60歳まで働いたとしても、1人のヴィニュロンがワインを仕込めるのは生涯でほんの30回程度なんです。“自分の畑で育ったブドウの本当の価値を伝えたいけれど、未だワインに表現出来ていない”。そう語る造り手も多いですが、彼等にとっては毎年がブドウを知る、土地を知るための貴重な機会であって、自分があと“何回”ワインを仕込めるかを常に意識しているんです。先程ご紹介した「Radikon」というワインは、仕込んでから10年の熟成期間を経て、ようやく日の目を見るという話がありましたが、日々を丁寧に重ねながら、過去も未来も長いスパンで捉えている。ヴィニュロンというのは、そんな途方もない自然の時間軸に寄り添いながら、生活しているのです。彼等のワインを味わうと、自然の豊かさと厳しさ、そんな“ありのまま”こそが尊いと思えるのです。

thewinestore.jp