Inspiration

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Ina Jang『a whim』(2018年)

色彩は想像力の出発点
TEXT BY YOSHIKO KURATA

TEXT BY YOSHIKO KURATA

韓国生まれ、ニューヨークを拠点に活動する写真家・Ina Jang(イナ・ジャン)。韓国、中国、スイスなど世界各国で展示を開催し、2022年には「サマーソニック2022」で作品を発表する。抽象的で鮮やかな色彩構成から、自ずと鑑賞者の記憶や視線を引き出すIna Jangならではの感性。そこに映る具体的なシェイプや記号には、現代社会へのまなざしが内包されている。彼女の作品にとって重要な要素となっている“色彩”をもとに、新たなアイデアを生み出し続けるプロセスについて話を聞いた。

色彩はエモーションそのもの

写真を始めたきっかけについて教えてください。
答えはシンプルで、「好奇心」からはじめました。最初の頃は、みんなが携帯電話のカメラで何でもない日常の一瞬を撮影するようにシャッターを切ってました。しばらくして日常生活を記録するのではなく、写真というメディアで何ができるのか探求したくなり、純粋に写真を楽しむようになりました。
Ina Jangさんの作品を構成する要素のひとつに「色」があると思います。あなたにとっての色とはどのような存在でしょうか?
色彩はエモーションそのものです。だからこそ、人間のさまざまな感覚に語りかけられるのだと思います。自分自身も色から新たなアイデアを考えるので、想像力の出発点のような存在ですね。
Ina Jang『Utopia-Fuchsia』(2016年)

作品の色はどのように構成していくのでしょうか?
色選びに関しては、いつも自分の直感に耳を傾けるようにしています。ある色からアイデアが思いつくこともあれば、形や言葉から生まれることもあって、自然とすべてが構成されていくんです。このプロセスをうまく言葉で表現するのが難しくて…。本当にその瞬間にしかわからない感覚かもしれません。
Ina Jang『bird』(2017年)

好きなシェイプはありますか?作品に登場するオブジェは、以前に比べると人間よりも抽象的なものへと変化しているように感じます。
有機的なシェイプは、私の琴線に触れるものです。あまり具象的ではなく、何とも言えない形に魅力を感じます。
Ina Jang『Voyages–たび』(2022年)

インスタレーション作品「Voyages」(2022年)について

2017年に東京でお会いしたとき、当時開催していた個展『Mrs.Dalloway』についてお話しましたよね。イギリスの作家ヴァージニア・ウルフの作品を伏線に、世界中の美術館にある近代絵画をネガフィルムで複写し、それらの断片をコラージュした写真作品でした。撮影する中で、それら近代絵画の多くが男性アーティストによるものだという気づきがあったそうですね。(近代美術の主要機関によって収集・展示された作品の多くは、男性作家によるものであったということ)『Utopia』も同様に、見る者を誘惑させるような若い女性のイメージからインスピレーションを得た作品でした。ここ数年、あらゆる業界で女性からの声をファッション、アートなど色々な表現で伝えることがオープンになっています。近年の変化をどのように感じていますか?
社会の至る所まではまだ遅く、不十分かもしれませんが、アートに関しては、より多様になり、しばしば無視されてきた声がメジャーなプラットフォームで表現され、認識されるようになってきたことは素晴らしいと思っています。何か違うものに目を向けるのは、エキサイティングなことですよね?包括性と開放性は、人間の経験を豊かにするものです。私たちが現状に疑問を持ち、進歩するための努力を続ける限り、こうした変化はより多くの刺激的なアイデアを世に届けるでしょう。なので、わたし個人的には、ここ最近、そして将来の発展に対してポジティブに希望を持っています。
Ina Jang『blonde』(2017年)
Ina Jang『Utopia -Lemonade』(2016年)

今年8月に開催された「サマーソニック 2022」の会場では作品『Voyages』を発表していましたね。ギャラリーで展示する際のフレーム付きのスタイルとはまた違った発表方法でしたが、どのようにイメージを膨らませていきましたか?
キュレーターの山峰潤也さんから、35mの会場通路に設置した壁2面を使ったサイトスペシフィックなインスタレーションを依頼されたことがきっかけでした。イベントに合わせて、音楽のようにビートとリズムで旅をする物語を表現しようと思い、幾度となく繰り返されるイメージをカット&ペーストし、異なるイメージの間に配置していきました。そうすることで、通路のどちらの方向から歩いてきても楽しめる構成に仕上がりました。
Ina Jang『Voyages–たび』(2022年)

壁面には2021年と2022年に撮影した写真を、色々な処理の仕方で複数配置しています。キーとなる川のイメージは、韓国・漢江とニューヨーク・イーストリバーで撮影したものです。その2つの場所に流れる川の写真を使ってコラージュを制作してきました。川やビーチが、幕張メッセの近くにもあるという環境からそのコラージュのアイデアを膨らませ、来場者の方々を世界のさまざまな場所に連れていけるようなインスタレーションとして表現しました。
Ina Jang『Voyages–たび』(2021年)
Ina Jang『Voyages–たび』(2022年)

鑑賞者それぞれの経験を思い起こさせる新作

2021年頃からピントがボケた写真シリーズを発表していますが、写真において「ボケ」はある種の“エラー”として捉えられることもありますが、どのようなコンセプトで制作しましたか?
新しいプロジェクトに向けた習作として制作している作品です。ぼやけた写真をプリントし、その上に切り絵をコラージュしています。

構想を練っている時、ちょうど世界各国でコロナが多発し始めた頃で、世界中でフェイクニュースが絶え間なく流れていました。噂がどのように生まれ、広がっていくのか、そこには人々の想像力が大きく関わっていることに興味を持ったことがアイデアの始まりでした。

この作品は世界の過渡期を象徴しながらも、私たちがいかに大量の情報(画像)に囲まれているか、与えられ、慣れ親しんだ情報によって世界を認識しているかを表しています。

イメージは、ぼやけていますが、鑑賞者によってそこから自分の経験をもとに、考えを膨らませていくと思うんです。作品の一部に明確な定義を持った小さな切り絵を配置し、コンテクストにおける部分的な情報を鑑賞者に与えることによって、それぞれが自分たちの解釈による物語を導き出すことができるのではないかと思って、制作を続けています。
Ina Jang『Untitled(study on rumors / 噂についての研究)』(2021年)

Ina Jang(イナ・ジャン)

ニューヨーク・ブルックリン拠点。これまでにNew York Photo Festival、Daegu Photo Biennale、Paris Photo、Tokyo Photo、Unseen、アムステルダム・Foamをはじめとする世界各国の美術館やギャラリー、フェスティバルで展示を発表してきました。またTime、British Journal of Photography、IMA、The New Yorker、The New York Timesなど数々の媒体に作品を提供する。

https://www.instagram.com/inajang/
https://www.inajang.com/