Inspiration

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多幸感ある色と優しい違和感
TEXT BY SAKIKO FUKUHARA

TEXT BY SAKIKO FUKUHARA

( Epoi ) 本店の空間インスタレーションを手がけた、アーティストの山瀬まゆみ。直線で構成された緊張感のある空間に、山瀬の作品群が優しい“違和感”を演出する。ハンドペイントで描かれたフォントとモチーフ、とろけるようなフォルムの什器と多幸感のある色。シュールでオプティミスティックな空間が生まれた背景について、山瀬まゆみに話を聞いた。

迷路に迷い込んだような、不可思議な面白さ

今回のインスタレーションの着想源について教えてください。
( Epoi ) 本店は建物自体がすごく魅力的。クラシックな外観も印象的だし、天窓から自然光がふり注ぐ2階の空間もおもしろい。いくつもの面で構成された吹き抜け、天窓かと錯覚するようなライトボックス、そしてミラーの存在感。空間にある様々な要素を利用して“アリス・イン・ワンダーランド”のようなインスタレーションを制作したいなと思いました。作品を点在させ、鑑賞者の視点を複数設定することで、迷路に迷い込んだような感覚を呼び起こしたかったんです。

一階の丸いミラーの中に描いた円モチーフは、外の世界と鏡の中をつなぐ存在。遊園地によくある鏡の迷路のようなイメージで制作しました。

2階にはEpoiの文字を壁面のあちらこちらに。階段の下から天窓を眺めると4つの文字が、また2階の窓際から壁側を見ると違った文字列を楽しむことができます。遠近法を利用してフラットに見せた文字、鏡に映り込むモチーフも、意外性があって面白いですよね。

直線で構成されたグラフィカルでカッコいい空間デザインに、“遊び”や“ユーモア”のエッセンスを加えたかった。ストアを訪れたお客様が見て楽しめること、建物のユニークな側面を引き出すことは、今回の制作にあたり特に意識した点ですね。

文字を描くときに目指しているイメージはありますか?
私、カリグラファーではないもので(笑)、あくまでも無理をせず、自然体で描ける範囲にあることが重要なんです。できるだけ無心になって何パターンも描いてみて、良いなって思ったものに印をつけていきます。言葉にするのは難しいのですが、だれかの字を見たときに“なんか良いな”って思う普通の感覚と近いのかもしれません。

Epoiの文字、◯や矢印のモチーフ、什器の配色について、意識した点はありますか?
Epoiの文字はシーズンカラーのサンドベージュとラベンダーの2色がベース。色と色がぶつかり合うのを避けるために、4つの文字が並んだ時に、落ち着くバランスを意識しました。とはいえ、どこか“跳ねる”エッセンスを取り入れたかったので、オレンジや黄色のビタミンカラーを部分的に。溶けるようなフォルムの什器には、商品とぶつからないような中間色を。無垢の木の脚を合わせることによって、ポップになり過ぎず全体が引き締まったように思います。
Photo: Satomi Yamauchi

創作活動の原点と、変化を楽しむこと

山瀬さんにとってのアートの原体験は?またアーティストを志した経緯について教えてください。
古着屋を営んでいた母は、もともとアメリカでアニメイターとして働いていました。姉も絵や漫画が好きで、小さい頃から絵は身近な存在にありましたね。
小学生の時に母から「これ描いてみて」とモデルさんのスナップ写真を渡されて。なんの気なしにイラストを描いてみたら、それが両親の古着ブランドのTシャツやポスターになっていたという驚きの経験もあります(笑)。

私にとって描くことはごく自然なことでしたが、絵と真剣に向かい合うようになったのは高校生の時。美術の先生がチェルシー・カレッジ・オブ・アーツの卒業生で、授業が本当に刺激的だったんです。たとえば、クラス全員で真っ白いキャンバスに好きな絵を描き、完成後に生徒ひとりひとりが好きな作品を一点選ぶ。そして、自分が選んだ作品の描き手と二人で、その作品についてディスカッションするっていう風に、ユニークな体験がたくさんできました。

当時から抽象画を描いていたのですが、その先生がすごく作品を評価してくれて、ロンドンへの留学を後押ししてくれたんです。
『The elephant in the room』展示風景(2022年) Photo: Satomi Yamauchi

学生時代から取り組んでいるソフト・スカルプチュアは山瀬さんにとってどんな存在ですか?
ペインティングと並行して作っているのが、フェルトやストッキングを素材にしたソフト・スカルプチュア。ペインティングは自分の内面に限りなく近い存在なのですが、立体はもう少し自分と距離感があってポップに受け入れられる存在。触ったときの“感触”も、作品を構成する大切な要素です。
ペインティングとソフト・スカルプチュア、山瀬さんの作品には生きているかのような魅力を感じます。
自分自身から生まれてきたっていう実感はありますね。分身とまでは言わないですが、自分の“欠片”なんでしょうね。私から生まれた作品が、独立した“生き物”になっていくというような感覚です。
抽象画を描くプロセス、また色選びについて教えてください。
ペインティング作品は、まずベースとなる色を決める作業から始まります。背景となる色が決まったら、そこに重ねていく色の選択肢が自然と狭まり、その時の直感にしたがってアクリル絵の具を塗り重ねていきます。オイルパステルで無軌道なラインを描いた時が、自分にとってのフィニッシュ。いくつかの色を塗り重ねていった後、オイルパステルを持った時に、自分でも予期しない変化が生まれるのが楽しいんですよね。ただ、続けていくと、そのプロセスに自分が慣れてしまったりもするので、これからはどんどんそれを崩していきたいと思っています。
『The elephant in the room』展示風景(2022年) Photo: Satomi Yamauchi

アーティスト活動を続けていく中で、ご自身で感じる変化はありますか?
毎回の個展で、新しい課題を自分の中で設定するようにしています。最近でいうと宮古島での個展『色と内と外』は、自分にとってもすごく新しい体験が得られました。宮古島をテーマとした展示だったのですが、あまり難しく考えず、宮古島という土地から素直に感じたことを作品に落とし込めた気がします。宮古島の“外”から来た私という存在と、私から生まれた“内”となる作品。そういった想いでつけた展示タイトルです。

今、妊娠9ヶ月目で、来年1月に新しい命を迎えます。 実は妊娠期間中、ほとんど作品を描いていなくて……。なぜだか理由はわからないのですが、そんな毎日も今はおもしろい。来年子供が生まれた時に、また自分と作品がどう変わっていくか、今からとても楽しみです。
Photo: Natsumi Kinugasa

山瀬 まゆみ / mayumi yamase

アーティスト。1986年、東京都生まれ。幼少期をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に渡英。ロンドン芸術大学、チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ&デザインにてファインアートを専攻する。主な個展に『The elephant in the room』(東京・Lurf MUSEUM、2022)、『色と内と外』(宮古島・Pali gallery、2023)などがある。個人の活動以外にもコム・デ・ギャルソンのアート制作や、NIKEとコラボシューズを発表するなど、さまざまな企業との取り組みも行っている。今年10月には自身初となる作品集『Book of ...』を発売。アーティストとしてのこれまでの活動の軌跡を辿るように、学生時代から近年に至るまでに制作した多様な作品や、今までに開催した個展の展示風景を収めている。

https://www.instagram.com/zmzm_mayu/
https://www.mayumiyamase.com/