重力からの解放
TEXT BY SAKIKO FUKUHARA
- Text by SAKIKO FUKUHARA
資生堂ギャラリーが主催する公募制プログラム『第15回 shiseido art egg』に入選し、最新作『重力の力』を発表した映像作家、石原海。愛、ジェンダー、個人史と社会をテーマに、現実と物語が交錯する作品で、現代美術と映画の領域で活動を続けてきた。北九州の教会に集う元生活困窮者とともに作り上げた『重力の力』を中心に、石原の映像表現について話を聞いた。
最新作『重力の光』ができるまで、その根底に流れるもの
- 『重力の光』の制作のきっかけと過程ついて教えてください。
- コロナ禍ということもあり、留学中のロンドンから昨年一時帰国し、北九州を拠点に一年間生活してきました。友人のつながりで知った元生活困窮者たちが集う東八幡キリスト教会。教会の向かいには牧師の奥田知志さんが理事長を務めるNPO法人「抱撲」が運営するホームレス支援のための施設もあります。北九州で生活する中で、教会と施設に集う様々な人たちの姿を撮りながら、今回の作品の構想を練ってきました。私自身も毎週日曜日に教会に通っていて、教会に通うみんなともこの一年間で本当に仲良くなれました。いわゆるドキュメンタリーというよりも、人間の生の姿に迫った作品にまとめたいと考えた時に、教会で時々行われていると聞いた聖書演劇を思い出したんです。この教会に通う人々の歩んできた苦しみと愛に満ち溢れた物語に惹きつけられて、彼らのインタビューと演劇を織り交ぜて、今回の作品を作ることを決めました。
北九州に引っ越してから、聖書をすべて読みこみ、聖書から抜粋した台詞で脚本を構成しています。私が書いた脚本を牧師さんや、出演者のみんなに見てもらい、アドバイスをもらいながら、加筆修正を繰り返していった感じです。毎日みんなで稽古を続け、稽古終わりの夜に脚本を書き直す。一番下が13歳、一番上が90歳という、幅広い年齢層の出演者と撮影期間中毎日を共にし、その出演者たちや、今回作品に関わってくれた撮影の八木咲さんやプロデューサーのAKIRA OKUDAさんなどの素晴らしいスタッフに守られていたからこそ、『重力の光』が完成したと実感しています。
フランスの哲学者、シモーヌ・ヴェイユの著書『重力と恩寵』からも影響を受けました。重たく沈んでいってしまうような人生の中で、神からの恩寵によって浮かび上がれる瞬間があるということを説いた本なのですが、はじめてこの本を読んだ時は完全に理解することができませんでした。でも、自分が教会に通うようになり、目を瞑り祈っているだけで、いままでの自分の身に起きた苦しみ自体が変わったり救われたりすることはなくても、自分の身体が重力からふわっと解放される瞬間を実感することができたんです。頭で理解できていなかった『重力と恩寵』を身体で体感することができたような気がして、今作の軸となるテーマとなりました。
鑑賞者を舞台上に引き上げるインスタレーション
- 資生堂ギャラリーという空間でのインスタレーションについて、意識したことはありますか?
- 半分は映像作品、もう半分は現実という風に、作品から派生した空間づくりを意識しました。アタシにとって、インスタレーションは鑑賞者を巻き込むための舞台装置なんです。暗闇の中で座って作品を観る映画は、ある種受動的なメディア。インスタレーションの場合は、顔も見えるし、動き回れるし、鑑賞者を作品の中に引き上げることができるように思います。出演者と鑑賞者の間にある境界線を曖昧にすることが、登場人物の人生に理解と優しさをもつ方法のひとつな気がします。展示会場には、『イエス・キリストの身体』と題したパンのオブジェも展示しています。赤い照明はキリストが交わした「契約の血」からきています。展示室をゆらゆらと照らすムービングライトは『重力の揺らぎ』という作品で、シモーヌ・ヴェイユのストーリーともリンクする仕掛けになっています。
日常の中で出合う物語的瞬間
- 作品制作の中で、興味を惹かれる人物像について教えてください。
- どんな時も人の人生に興味があるんです。出演者ひとりひとりの資質みたいなものをできるだけ引き出したいし、自分の頭では想像できない場所へ行くをためには、人と向き合うことがすべてなのではないかと思ってしまうくらいです。社会という枠組みから弾き出されてしまった人に魅力を感じるんです。アタシ自身がそう感じて生きてきたという前提があるのかもしれませんが、様々な境遇の中で生きづらさを感じている人たちの姿を撮っていきたい。ただ美しい、かっこいいというだけではなく、どんな汚れきって疲れきった人の人生も肯定できるような作品を作っていきたいと思っています。
- 日常の中で作品の主題はどのように見つけるのでしょうか?
- 昨日は真夜中に渋谷から銀座まで一時間半かけて歩いたんです。そういう疲れ果てた無意味な時間が自分にとってすごく重要だったりする。誰に会って、どこに行ったか、何を見たか。そんな中でたまたま出くわす物語的瞬間が、アタシの映像作品の題材となっているように思います。そんな瞬間に出合えると「サイコー!」っていう気分になれる。詩的なモーメントを記録するために写真も撮りますし、日々の中で映像作品の素材集めをしている感覚ですね。自分のことを“詩人”だと思っている節もあって、アタシにとって映像や写真を撮る行為は、自分の中に物語瞬間を増やしていく行為だと思っています。
- フィルムに詩をつけたエッセイフィルムも数多く発表されています。石原さんにとってのエッセイフィルムの立ち位置について教えてください。
- 自分の中で、呼吸するように作ってきたのがエッセイフィルム。大人数のスタッフで作り上げた『重力の光』とは真逆で、アタシ自身の“パーソナルなお喋り”という感覚でひとりでカメラを回すこともあります。はじめて撮ったのは15歳の時。世に発表していないものも含めるとけっこうな数を撮っていて、一年に一本くらいのペースで制作できたら良いなと思っています。エッセイフィルムに限らず、観てくれた人の何十年後かにじわじわ効いてくるような、人生に寄り添えるような作品を作っていきたいと思っています。
石原海
1993年、東京都生まれ。2018年、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。主な上映に『ガーデンアパート』『忘却の先駆者』(2019年・ロッテルダム国際映画祭)、『狂気の管理人』(2019年・英テレビBBC、BFI Southbank)がある。2021年、ロンドン大学ゴールドスミスカレッジファインアート学科 アーティストフィルム在学中(現在は休学中)。『第15回 shiseido art egg』に入選し、9月14日〜10月10日まで、資生堂ギャラリーで最新作『重力の力』を発表。
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