言葉を超える色の力
TEXT BY YOSHIKO KURATA
- TEXT BY YOSHIKO KURATA
はじめて来日した際にその景色に浮かぶ「色」に心を打たれ、東京で活動することを決意した建築家/アーティスト/デザイナーのエマニュエル・ムホー。日本特有の空間の捉え方から着想を得た『色切/shikiri』、近年精力的に国内外で発表しているインスタレーション作品『100 colors』の活動を通して、ノンバーバルな表現で世界中の人びとに感動を与えてきた。活動を始めて来年で20年が経とうとしているが、初来日した時の感動からいまでも変わらないという東京へのまなざし、彼女が考える色の豊かさについて話を聞いた。
インスピレーションは日本独自の景色から
- 日本の景色に魅了させられた最初の体験を教えてください。
- 1995年にはじめて来日した際に、成田空港から池袋に向かう車窓からの景色に感動したことですね。そこには自然の色とは違う美しいブルーが輝いていて。よく見れば、それは住宅の屋根材だったのですが、昨日のことのように鮮明に覚えています。そこからどこを見渡しても、まるで無数の色が街に浮いているように見えたんです。三次元のレイヤー上に、何百色、何千色もの色が浮かんでいる情景にとてもエモーショナルな気持ちになりました。
- そのインパクトに残る体験から、実際に日本を拠点に活動しようと思ったのはいつころですか?
- その瞬間に「東京に住もう」と決意しました。まだ到着して1時間しか経っていなかったんですけどね(笑)。
- 即決ですね(笑)。それほど、フランスとの景色とは全く違うものだったのでしょうか?
- フランスは、目線が一方通行に向かうようなパースペクティブな街並です。灰色がかった建物の間に挟まれて、上を見上げたら青空があるというシンプルな景色が広がっていて。だからこそ、さまざまな色や高さのビル、看板がレイヤーのように重なっている日本の三次元的な奥行きに衝撃を受けたんだと思います。一方で、東京に移り住んでから暫くしてみると、意外と日本の現代建築デザインやインテリアデザインにはあまり色が使われていないことにも気がついて。さらに来日前に読んでいた日本の文学で描かれているような伝統的な家屋も、どんどん壊されていくことにショックを受けましたね。特に家屋に長く残る障子や襖など「しきり」は、日本独自の気候を配慮した特性と、なにより人の気配を感じられる曖昧さがあって素晴らしい文化のひとつだと思います。
- その体験が、『色切/shikiri』のデザインコンセプトにつながったのでしょうか? 巣鴨信用金庫志村支店、ドイツの家具メーカーSchönbuch社とのコラボレーションなど大小さまざまな形で発表していますね。
- そうですね。『色切/shikiri』は、「色で空間を仕切る」「色で空間をつくる」という独自のコンセプトのもと作品を発表してきました。その作品を観ることで、わたしが初来日時に東京の街の色に心を動かされたように、多くの人々にエモーションを感じてほしいという思いで制作し続けています。
色を想像する『100 colors』シリーズについて
- 近年国内外で発表を続けている『100 colors』シリーズが生まれたきっかけについて教えてください。
- 2008年に山形・東北芸術工科大学でゼミを始めたときに、自分の好きなものを100個100色で制作発表する「自分の100色」という課題を生徒にだしていました。日常生活のなかで、あらゆる色に触れていても意外と「なに色が好き?」と聞かれた瞬間には数十色も思い浮かばないものなんですよね。課題ではそういったたくさんの色を認識し、想像することの豊かさを楽しんでもらい、学生の色感覚を最大限に広げていきます。その後、自身の作品制作で「100色」というコンセプトを、空間インスタレーションという大きいスケールで展開するようにしました。事務所設立 10 周年を迎えた 2013 年に、100 色で構成した空間 『100 colors』 を新宿三井ビルではじめて発表しました。
- 増上寺、国立新美術館、富山県美術館、立川、ドバイ、シンガポールなどさまざまな場所で100 colors」を展開されていますね。今年6月に発表したばかりのノルウェー・新公共図書館「Deichman Bjørvika」での発表について教えてください。
- 今回は、2020年に開館した新公共図書館「Deichman Bjørvika」からの依頼で『100 colors』の新作を発表します。この図書館の機能がとてもユニークで、例えば映画鑑賞やピアノの練習、ドレスの縫製など多岐にわたる人々が交流できる場所となっています。また100年後の図書館を想像したプロジェクト「FUTURE LIBRARY」では、2004年から毎年1名の作家に1冊書籍を書いてもらい、倉庫に保管しておいて、100年後にはじめて世の中に公開される取り組みを行っているそうです。そのような自由な発想をもつ図書館だからこそ、閉じている本が浮いているようなイメージのインスタレーションを『100 colors』シリーズとして発表しました。
- これまでに世界各国のさまざまな空間でインスタレーション作品を発表する中で、建築とはまた異なる発表方法をどのように感じていますか?
- 建築家とアーティストとしての領域を分け隔てなく活動できているように感じています。小さなアート作品から建築まで異なるスケールの間を行ったり来たりと旅をしている感覚です。例えば2017年に発表した表参道ヒルズのクリスマスイルミネーションでは、平面的、立体的に空間を捉える中で、安藤忠雄さんの建築の良さに調和していくことを意識しました。
変わりゆく景色の中で一貫して伝えたいこと
- 近年ますます東京の街並が変化していますが、変わりゆく景色を見てなにか作品制作において感じることはありますか?
- わたしは東京の街を「絵」のようにカラーシェイプとして見ているので、そういう意味では変化をあまり感じなかったですね。どちらかというと、東北震災の際の街の変化は大きく感じました。節電や街の雰囲気など色が街から消えていった記憶はあります。でも、自分自身の作品への取り組み方や街への視点は、1995年にはじめて来日した時の感覚から不思議と、まったく変わらないんですよね。どんなに都市開発が進んでも、この街にはインスピレーションとしてのエネルギーを感じています。
- 今後の活動について教えてください。
- 「色」そのものは普遍的な存在かつ、言語がいらないボーダレスなものなので、より多くの人々にその豊かさを感じてもらいたいです。来年で20周年迎えるので、より『100 colors』を通して、世界中にもっと「色」を広めていきたいと思っていて。その新しい表現方法を常に考えています。
エマニュエル・ムホー
Emmanuelle Moureaux(建築家/アーティスト/デザイナー)
フランス生まれ。1996年より東京在住。 emmanuelle moureaux architecture + design主宰。東京の“色”と街並が成す複雑な“レイヤー”、日本の伝統的な“仕切り”から着想を得て、色で空間を仕切る「色切/shikiri」コンセプトを編み出す。色を通して1人でも多くの人にエモーションを感じてもらいたいという想いを胸に、建築、空間、デザイン、アートなど多様な作品を創造し続けている。東北芸術工科大学准教授。受賞歴として、「International Architecture Awards」、「ARCHITIZER A+AWARDS」、「ICONIC AWARDS」、「Aesthetica Art Prize」等、国内外の様々な賞を受賞。
http://www.emmanuelle.jp/